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適応障害になって思うこと

適応障害になってみて

2022年4月、僕はメンタルクリニックで「適応障害(不安抑うつ状態)」と診断され、会社を休職することになりました

先生から「それでは会社をしばらく休みましょう、診断書を出しておきますね」と言われた時、

ホッとした自分がいました

休んでいいんだ、やっとゆっくりできる

そう思いながら帰宅したのを覚えています

会社に休職申請してから2ヶ月くらいは、何もせずに会社を休んでいる罪悪感に苛まれることも

多く、沈んだ気持ちになることが多かったです

気晴らしが必要だと思い、思いつきで一人旅をしてみても

道中はワクワクしたり楽しい気分にはならず

適応障害になった自分を自分で悲しく思い、感傷に浸る時間の方が多かった気がします

 

なぜこうなった?

なぜ心に限界が来てしまったのかを自分なりに振り返り

思いつくものを挙げてみました

・仕事をサボる自分に対して自己肯定感が下がっていた

・自分の長所よりも短所に目も向けることが多かった

・周りの意見に流されやすかった

・こうあるべき、〜すべき、〜しなければいけない等のべき思考に染まっていた

・過去(最初の会社)の成功体験を捨てられずにいた

・周囲からも「もっとできるはず、やっていないだけだ」と言われることが多かった

・自分に期待し過ぎていた(本当はもっとできるはず)

・思い描いていたキャリアになっていない現状に失望し、周囲の環境のせいにしていた

・第一印象が良いことが裏目に出ることが多く、その後失望されることが多かった

・etc...

こんな感じでいくつも思い浮かびます

自分の理想や周囲から求められることに押し潰されていった感じでした

 

思えばあの時の一言が

僕は元々、小学生低学年までは活発で元気な少年でした

3年生ごろからスポーツ少年団でサッカーを始めて、

長時間の練習の反動で食べ過ぎて太ってしまったことが

自分を嫌いになった最初の出来事だったような気がします

太り始めた頃から学年でも速かった短距離走やマラソンも遅くなってしまい

どんどん自分に自信がなくなっていきました

性格も大人しくなり、仲のいい友人以外と話すときは恥ずかしくて口下手になりました

中学校に上がり、暴力的で怖かった小学校の教師から解放されたこともあり

比較的伸び伸びと学校生活をスタートすることができました

新しい友達もでき、女の子の家にも遊びに行くようになり

眉毛もいじったりして中学校生活を楽しんでいたと思います

そんな時に言われた父からの一言がその後の自分の人生に良くも悪くも大きく影響を与えます

それが「調子に乗ってんなよ」でした

この言葉を親から言われるのはかなり効きました

それ以降、遊びはほどほどにして(女の子と遊ぶこと無くなってしまいました)

勉強と部活動に学校生活を捧げるようになります

テストの成績が上がったり、真面目に部活動に打ち込んだりできたことは

良かったことです

ただ一方で、僕は自分で自分を押さえつける習慣がついてしまいました

当時のイケイケだった自分を押さえつけられてしまったことで

自分の気持ちに蓋をすることが多くなったのです

...と、ここまで書くと随分と父のせいにしてしまっていて、またそのことに

自己嫌悪になってしまうのですが、、、

この自分の「本当の気持ち」に向き合うことから逃げていると

いつの間にか自分の本当の気持ちが分からなくなってしまいます

(本当はこうしたいんだけど)〜すべき・〜とあるべき

といった思考で凝り固まっていました

 


今後このブログを通して、これまでの人生の様々なシーン・当時のことを振り返りながら

自分の本当の気持ちを取り戻していきたいと思います

 

 

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